| 武蔵守殿の説 | ||
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★なるほど、一見すると奇襲に見えるが、その実は奇襲ではなく高度な情報戦の末の各個撃破だったというわけですね。これができたのも、信長の高い軍略家としての才能の賜物でしょうか。(あまちゃん@管理人) |
| Dai壱殿の説 | ||
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★こちらは奇襲説です。確かに、桶狭間が特有な地形であったならば、奇襲も成功したかもしれませんね。(あまちゃん@管理人) |
総括
みなさま、ご投稿ありがとうございました。寄せられたご意見をまとめますと、義元の尾張攻撃理由は上洛説、尾張奪取説に真っ二つに割れてしまいました。確かに、尾張を支配下におくためだけに進撃したならば軍勢が多すぎる気がします。しかし、上洛するためならば、もう少し調略等をする必要があったようにも思えます。実際のところははっきりとは分かりませんが、東海地方では無敵だったのですから、とりあえず尾張、多分すぐに終わるだろうから、次に徐々に上洛。という方針で進撃したのではないでしょうか。桶狭間における信長の攻撃方法も、情報戦による各個撃破説と、地形を利用した奇襲説に分かれました。しかし、攻撃方法そのものの意見こそ違えど、今川軍の部隊を分散させて本体のみを狙うという点で二つの意見が共通していました。どうやら、こちらの方は信長軍全軍で今川軍本体を攻撃したということになりそうです。(あまちゃん@管理人)
今回は、@義元の尾張攻撃理由と、A桶狭間における信長の攻撃方法について討議してください。(あまり私の意見は参考にしないでください。信憑性が薄いので・・・)