同情にもおのずと限度がある。まして親切の押し売りはやめた方が無難!
自我の強い者同士が話し合えば妥協は生まれるが、真理はZZには解らない。時には嫌いだな〜と感情が働いたら、
その場を去るか、みザル、キカザル、イワザルと化する。しばらく近づかない方がお互いに特と勝手に決め、楽しめる事、好きな事に体を動かす。
たとえば、Bikeの洗車&みがきとか、地図の上でのツーリング(を考える頭の中で)の幻夢でニヤつき、
時が過ぎれば、本当に嫌いなのか、イヤだったのかも忘れてしまうものさ。何が大切なものか?どうでも良かったのか?判断はつく。
どんな物事もZZのまわりでは、たいした影響はない。プライドなんかすてちまった方がらくと考える。コダワリを持つのもいいが、ZZは知ぬ顔好きにすれば…。
この生き地獄とも思える時世で、ZZの選んだものはバイクツーリング。それは、幻想浮かんだZZだけのイメージは「完璧」
を求め情熱をもやす。そしてバイクで駆けまわる。
他者から見れば無謀と写る行為さえ無事帰りつけば立派な冒険だ。人の一生も、人間が創りあげた歴史さえ、
どちらも二度と同じ事は繰り返すことはできないが、同じ様な誤ちは犯す。おろかな生き物さ。
情けないが、こんなZZでも息することに未練はある。