自己賛美を最終目標としてもそれは必ず悲劇に終る

自己賛美を最終目標としてどんな努力精進を続けても、それは必ず悲劇に終る…口耳の学

(アプリリア125とTZR250、ハカリに掛けりゃTZRが重い…あたりまえか?)

3月24日


 Bikeに乗り、街を出る。それは、日常の生活を忘れ、少年時代のピュアな気分を味あう…。大人の仮面の上よりスモークシールドのフルフェイスをかぶる。そしてBikeはTZR-250後方排気にまたがる姿を商店街のウインドに写るZZのカッコウはレプリマン?ズバリケニーロバーツ(キング・ケニー)だ!
 これでいいのだ。さぁワインディングロードさがしだ。コーナリングの練習だ。
 「いつ本番なの?」などと言うヤボなことは言わないでくれ。答などない。あえて言うなら「自分の命は自分で守る走りで風を感じ、無事帰りつくための練習であるから」。
 始めて自転車にのれた時、風を感じた時、感動と優越感を知った。友人のCab50で走り、ペダルをふまなくて風を切った時は、天下を取た気分は忘れられない。
 努力精進しないなんて、生きるシカバネだ。息するZZは、たとえ悲劇が待っていようが行動し、頭でなく五体で考える。必ずくる税と死!
 それから何度も言うが、ZZより早く走る者、先行しろ!(おねがいまっててください)ZZより遅く走る者(気をつかわず風景を楽しんでね)、後からついてこい(ライダーは常に一人だ!で走り出そう)。
 休憩、集合場所でおおいにホラ話(雑議談)で花をさかそう。各自それぞれの持ち合せの自分のモノサシで計り、他人(ヒト)は他人(ヒト)と割り切り、Myペースで走りを楽しもう。そして風になる?
 好きになったもの手に入れる、そして楽しむための努力精進は、ZZは延々と続けるだろうな。

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