桜婆ぁ
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 いやんなっちゃいますよ、もう。まあ聞いてください。
 一昨年くらい前になりますかね。その頃はコンピュータの派遣会社に勤めてたんですよ。で、こういう会社というのはあちこちに飛ばされるものですから、当然のごとく私も飛ばされちゃったわけです。
 知らない街に来たら、宿探しというわけで、あちこちの不動産屋に顔を出しては安いアパートを探したんです。そんな中にあったんですよ、妙に安い所が。比較的最近のアパートなんですが、これが他の似たような条件のアパートより三割は安いんです。怪しいなとは思ったんですけどね、家賃については背に腹は変えられないと即決で契約しちゃったんです。まぁ、昔だれかが死んだとかそんなもんでオバケなんか出るわけは無いでしょうから、むしろ儲けもんと思ったんですよ。それがね...。

 引越しを終えて最初の晩、ダンボール箱はそこらに散らかしたままに布団だけ敷いて寝たわけです。晩飯をおごるという契約でこき使った友人達も帰ってしまうと、ドッと疲れが出てすぐに眠りについたんです。
 どのくらい寝てたでしょうかね、ふと人の気配に目が覚めたんです。でも身体は動かない、こういうのを金縛りっていうんでしょうね。目だけは動かせるものですから、なんとかキョロキョロとあたりを見回したんです。そしたらいるじゃないですか、誰かが。目を凝らして見ると、どうやら老婆のようなんです。しかも、なぜか壁に向かって正座しているんですよ、わざわざ座布団なんか敷いて。
 私はね、まず怒りが込み上げてきたんです。勝手に人の部屋に上がり込んできて、こっちが寝てることをいいことに居座ってるのが許せなかったんですよ。それでね、言ってやったんです、大声で。
 「なにやってんだよ!クソばばぁ!」って。
 そしたらですよ。その婆ぁはくるっとこちらを向いて、いや、顔を向けてとかいうんじゃないんです。正座をしたまんま、しかも座布団ごとくるっと、そうそう、ちょうど回転座椅子なんかが回るようにしてこっちを向くわけです。そして正座をしたまま、例によって座布団ごとこちらに向かってくるんです、スススーッと。そして、
 「クソばばぁとは何事じゃぁ!!」と怒鳴ってきたんです。
 もう怒りどころじゃないですよ、びっくりしたのなんのって。
 「わぁっ!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
 「ナンマンダブ、なんまんだぶ・・・・」
 朝までずっと必死で拝んでましたよ。

 といったことが起きた次の日、寝不足のまま友人に事の顛末を話したんです。こういう経験はそうそうできるものじゃないですからね、それじゃ、みんなで確かめてみようという事になったんです。まぁ、半分は麻雀をやる理由付けみたいなものですけど。
 そしてその夜、わくわくしながら友人達三人がやってきました。もう目がギラギラしちゃってて完全にイッちゃってるんですよ、久し振りに麻雀ができるって。何のために来たんだか。こっちはそれどころじゃないんですけどね。
 どのくらいやってましたかね、麻雀。部屋の中はタバコの煙が充満してて、空いたビールの缶が山積み、そして誰が蹴飛ばしたのかスルメがじゅうたんの上に散乱してる中で白熱してたんですよ。ビール缶が無くなったので、ひとりが冷蔵庫にビールを取りにいったんです。で、戻って来たそいつはこういうんですよ。
 「おい、出たよ...。」
 彼が冷蔵庫を開けたら、中に婆ぁが正座して入ってたって言うんですよ。
 その時です。隣近所に飛行機でも落ちたかのようなドーンという音がして、それに伴って部屋もドーンと揺れたんですね。壁に掛けてあった安物の絵が落っこちて、そこらに積んであったものも崩れたんですよ。もうさっきまでの白熱はどこへやら、みんな顔面蒼白です。後はみんな何も言わずに朝があけるまで麻雀を黙々とやってました。

 さすがにこれでは住んではいられないということですぐに引越ししましたよ、私は。奇麗なおねーさんの幽霊ならともかく、婆ぁの幽霊と同棲したくはないですからね。それで、そのアパートの隣には大きい桜の木があったものですから、みんなで「桜婆ぁ」と呼ぶようになったんです。


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