ある春先の、どんよりとした曇が広がった夜のことだった。俺はいつものスナックで水割りを一人で傾けていたのさ。ママのいいかげんな会話にうんざりしながら、それでも俺に良くしてくれるコイツに付き合っていたんだ。
この日は普段よりも多くグラスを開けると、すでに顔見知りになった若い子がいる店へと向かって店を出てエレベーターに乗り込んだ。一階へとエレベーターは無言で落ちて行き、出てってくれとばかりに扉が開くと、すでにまばらになってきた飲んだくれ達が夜の帳を徘徊している。ネクタイを少しゆるめると、俺は汚くもいとしい繁華街へと出ていった。
路地へと入り、少し歩いていてふと思った。
「この道はこんなにも長かっただろうか」
普通ならものの4〜5分もしないうちに若い子のいる店の扉を開けられるはずなのだが、今日はすでに20分は歩いているような気がする。そう考えていると、肩から背中にかけて妙な重みを感じた。生暖かく、そしてじわじわと重くなっていき、やがては鉛でも背負っているかのような状態になっていた。
俺は何度も背中に何がいるのだろうかと振り向くことを試みた。しかし、俺の首は意志に反して向きを変えようとしない。重みに耐えられずに立ち止まった時、それはこう言った。
「おまえは俺様を殺しただろう」
「貴様は誰だ。俺は人を殺したりしたことは無い」
「いや、おまえは確かに俺様を殺した。忘れたとは言わせない」
俺はこの尋常ではない状況で必死に考えた。膝ががくがくと笑い始めている。確かに人を殺したことは一度も無い。だが、コイツは俺様を殺したと言っている。殺された人間が口を聞くのか?俺の背中にかぶさっているのは幽霊なのか?
幽霊という言葉が浮かんだ時、俺はある一つの事を思い付いた。
「貴様、もしかして二年前の……」
「どうやら思い出したようだな」
ある出来事、それは二年前にさかのぼる。当時、俺は一人の女を孕ませてしまった。そいつとは遊びのつもりで、結婚などまったく考えもしないような付き合いだった。そしていやがる女を半分は強引に堕ろさせたのである。
「なぜ今頃出てきた」
「ふん、俺様がいつ出てきたってかまわないだろう」
そいつがこう言った時、鉛が急に巨大な岩と化したかのような重みになり、俺はそのままくず折れてしまい、そのまま気を失ってしまった。
どれだけ経っただろうか。気が付くと、俺は地面に倒れていた。雨が降っている。ずぶぬれになりながら頼りなく立ち上がった時に俺は気づいた。俺の瞼が濡れているのは雨のせいだけではないと……。