霊安室
戻る戻る


 私はある病院の看護婦をしていたことがありました。今では普通の主婦をしているのですが、やめた理由はというと二つあるんです。それは彼との結婚、そして今回お話する出来事が耐えられなくなったからです。

 その頃は看護婦という職業に就いてかれこれ五年も経った、看護婦の仕事が分かりはじめた時です。三勤交代も当然ありますから、夜勤もやっていました。仕事が楽しくなってきた、そんな、ある春の日のことです。
 私の勤めていた病院は、ここではあまり詳しく話せないのですが霊安室の前を通ることが多いんです。その時も深夜勤の最中に霊安室の前を通ったのです。
 ナースシューズの足音が反響して、自分の足音に合わせて誰かがついてくるような気がするように感じるのはたまにあります。元気な患者が院内を徘徊してて、その影にドキっとすることもありました。でも霊安室から聞こえてきたんです。人の押し殺したような笑い声が。
 車椅子用の外来のトイレなどは中がとても広いので、よく患者が個室がわりに居座ってマンガを読んでいるのはありますからなんともありません。でも、いくらなんでも霊安室でマンガを読むような心臓の強い患者もいないでしょう。さすがにこれは恐くなってきましたが、念のために勇気を奮って中を覗いてみたんです。
 そこには誰もいませんでした。遺体もこの時はありません。私はもう、逃げるようにしてその場を離れるしかありませんでした。
 翌日、私は準夜勤という夕方から深夜にかけての勤務です。病院に出勤してきた時に、私の病棟でガンに苦しんでいた患者が死亡したことを告げられました。悲しいことですが、しかたがありません。一般の方には失礼ですが、よくあることですし、私たちも精いっぱい看護に勤めたのですから。このこともあって、私はすっかり前日の出来事を忘れていました。深夜のドキっもそろそろ慣れてきた年齢ですし、看護婦の仕事はたいていハードスケジュールですから仕事に忙殺されていたのです。
 初夏のある深夜勤の日、いつも通りに霊安室の前を通りました。その時にまた聞こえてきたのです。例の押し殺した人の笑い声が。前のことを思いだして恐怖がじわじわと私を襲いはじめました。でも、あの時よりは冷静で、じっとその笑い声を耳をすませて聞いてみました。気のせいではありません。確かに聞こえます、男の笑い声が。あたりを見回してみましたが、他からの声ではやはりありません。霊安室から聞こえてくるんです。
 逃げ出したいのは山々なのですが、性分なので確認せずにはいられません。また、あの時のように覗いてみました。おそるおそる戸を開けると、ふぅっと冷ややかな風が私にかかってきました。一瞬心臓が凍りつきそうでしたが、これは霊安室の中が廊下よりもやや気温が低いためだと自分に言い聞かせました。そして中をぐるりと見回すと、やはり誰もいません。この日も遺体はありません。私はすぐに部屋から出ました。そこで気づいたのですけど、はたして扉の閉まった霊安室の中で押し殺したような笑いを誰かがしてたと仮定しても、廊下からでは聞こえないのではないかと。だとすると何処から?しかし確かに霊安室から聞こえたはずです。私はやはり走ってその場を離れるしかありませんでした。
 次の日、少々重い足取りで職場に赴くとガン患者の一人が亡くなられていました。確かあの時も患者さんが亡くなった、と思うと偶然と考えることができなくなってきました。
 そしてある夏の準夜勤の日、また同じようなことに遭遇したんです。霊安室の前で、例の笑い声が聞こえました。もう何も考えずに走り抜けました。仕事が終わり家につくと、ふと嫌な考えが浮かびました。また誰かが死ぬのではと。この日は全然眠れずにベッドのなかで寝返りをうつばかりです。そして午前五時頃でしょうか、病院に電話してみたんです。予感は的中していました。つい先程、一人亡くなられたそうです。
 もう確実です。霊安室の前で笑い声の聞こえた次の日に誰かが死ぬんです。ある時にそれとなく仲間の看護婦達に聞いた時には誰もそんな噂は無いと言っていました。それどころか、みんなを不安がらせることなんか考えずに仕事を覚えなさいと怒られただけです。私はこの病院から出ることばかり考えるようになりました。そして、この冬に結婚することが決まってましたので、夏の終わりには早々に退職したのです。

 これがその病院を辞めたもう一つの理由です。今でこそ二児のママですけれども、ふと当時の事を思い出すと、今でも霊安室で誰かが笑っているのではと考えてゾっとします。あの人は何の為に笑っていたのでしょうか。


戻る戻る