養殖記 

2004年度


●自分を騙しちゃいけないよ

 気が付けばもう4月下旬、時間の経つのは早いものです。昨年11月をもってとりあえずエビ養殖現場から離れました。
 昨年7月で、海南島のエビの仕事のスポンサーだったホテル会社がSARSの影響で業績不振になり中国での新規プロジェクトから手をひいてしまい、その後はボランティアで仕事をつづけていたので、ついに私も財源がなくなり、給与をもらえる仕事を探さなくてはならなくなりました。
 一次は帰国してアルバイトを探すことも考えましたが、それまで海南島でエビの仕事をいっしょにやってきた香港のKさんとの縁で、彼が投資家をみつけて始めた生ゴミの有機肥料化と有機農業を目的とする会社に私も2月から雇用されました。

 2001年暮れに農業方面にも足をつっこみ、2002年には自然農法の安達さんとの出会いがあり、私がクウェートの研究所でお世話になり、以来いろいろお世話になっている川野さんが主催するNPO「環境持続型農業技術支援協会」にも参加して、なんやかやと勉強はしてきたので、この転換にはそんなにとまどうことなく入ることができました。
 幸い、インターネットというありがたい道具のおかげで、外国にいても日本語の様々な情報を手に入れることができ、また、かなり深い内容まで手に入れることができるので、自分にとっての新しい分野の勉強も苦労することなくできる時代です。
 バブル経済のころはつまらない時代に生まれついたものだと感じていましたが、バブルの崩壊とともにインターネットの時代が始まり、今は、いい時代に生きていられると感じるようになりました。
 
 これまで、クルマエビ作りの職人を目指してきたわけですが、生き物の世界で、ウイルスというやっかいな存在が猛威をふるうようになり、エビ養殖の世界でも、ウイルスによる病気がいつ、どのように発生するか見当がつかない時代になり、新たに大きなお金を使ってまで、あえてやりたいとは思えなくなりました。自分の資金で失敗するのは好きでやることですからしかたがないと思えるのですが、人様のお金を預かっての仕事はかなりの自信をもってやれなければ引き受けるわけにはいきません。

 不思議な縁で中国で生活するようになり、それも第一次中国投資ブームの1990年代にしっかりと力をつけた中国が、経済的に成熟していく過程の始まりになる2000年から中国にかかわるようにようになり、この4年間での目覚しい発展ぶりを目の当たりにしてきたわけで、自分の借金を返して新たな仕事を始めるには、エビ養殖の仕事にこだわっていてもしかたがないだろうとの思いが強くなりました。

 人生は不思議なもので、自分を騙して現状維持を望むと、いつも空から災難や新たな機会が降りかかってきて、「そんなんじゃ、あかんだろう」と神様の声が聞こえてきます。30歳のころ、精神的に最悪の夜、大げさに言えば「神との対話」とでもいうような不思議体験をして、何年間か、生き方を模索する時代がありましたが、エビ養殖や生活のもろもろから学んだのは、「一般論に従うな」「人生の流れに逆らうな」ということです。

 妙に縮こまらず、無理に背伸びをせず、川の流れに身をまかせ、良い加減の「中庸」を以って生きていきたいものです。(2004.04.24)


●「有機」を考える

 以前から、「有機エビ」の認証とはどんなことだろうか、と考えていましたが、この2月から本格的に「有機農業」にかかわるようになり、さて、「有機」とはどういうことなんだろうかと、私自身整理しておく必要を感じるようになりました。

 よく、「有機肥料といっても、植物は無機化した窒素やリンなどの栄養分を吸収するんだから、無機肥料(化学肥料)を使っても同じじゃあないか」というような意見も聞かれます。これは、「有機」の対極にあるものは「無機」という発想からくるものだと思います。また、「有機」は安全であるという発想も納得できるものではありません。私が大学生のころ大問題になった「水俣病」は「有機水銀」の人体への蓄積で発症しました。

 「有機」という言葉は、本来は、「生命機能が有る物質」と定義され、これは、有機化合物は生きた生物しか作れないと考えられていたからだそうです。この定義をウェーラーという科学者が、シアン酸アンモニウムという明らかに"生きていない"無機物質から、尿素という明らかに生体でしか作れなかったはずの有機化合物を実験室で作って、無効にしてしまいました。そして、化学の世界では、「有機」=炭素同素体、一酸化炭素、二酸化炭素、炭酸化合物などを除いた、Cを中心にHONなどを含んだ化合物というちょっとあいまいな定義になっているそうです。(「Chembase」 http://homepage2.nifty.com/organic-chemistry/index.htm
 そして、植物や動物を構成している糖類、タンパク質、脂質などばかりでなく、化学的に合成されたプラスチック、繊維、石油製品などの有機化合物も身のまわりにあふれるようになりました。
 こうしてみると、有機農業とか有機食品とかで使われる「有機」という言葉は、化学で定義されているものとは別物のようです。

 現代では、地球50億年の進化の歴史の中で、天然にはいまだどこにも存在したことのない人間の空想上の物質を、化学合成によって作り出すことができるようになりました。PCB(絶縁材、熱媒体)、ABS(合成洗剤)、チクロ(甘味剤)、AF2(保存料)など話題をにぎわせたこれらの合成物質は、想像から生まれたこの種の物質の典型的な例です。そしてそれらの物質は生命進化の30億年に、人体がただの一度もかかわりあったことのない異様な物質であるところから、林智博士は、このような合成化学物質を、人体という秩序にとっての「異物質」と定義しています。また、このような「異物質」に対して、原初から天然に存在しはしたけれども、人体とは非常に低いレベルで平衡状態を維持してきたにすぎない物質があり(水銀、鉛、カドミウムの類)、これらを「希物質」と定義しています。希物質は、自然レベルではきわめて重要な役割を果たしてきたのかもしれませんが、いったんそれに便利な性質が見出されると、自然の平衡レベルを無視し、その何万倍、何億倍という量が寄せ集められて商品化され、「希物質」のもつ危険性も、「異物質」のそれと異なるところはないと指摘されています。(林 智著「環境汚染時代の食生活と健康を考える」より(日本科学者会議編、1982年大月書店刊「食生活と健康」のなかの一章

 このように、食の安全の観点からみると、人体に危険を及ぼすかもしくはその可能性のある天然には存在しない化学合成された「異物質」と天然に存在しても人体とは非常に低いレベルで平衡を保っている場合には無害だが、人為的に高濃度になった状態では人体に危険を及ぼす「希物質」が、有機食品や有機農業でいうところの「有機物質」の対極にあるものではないかと思われます。
 しかし、先にもあげたように、肥料として良く使われる化学肥料の「尿素」は有機物ですが、無機物質から化学合成されて生産されていて、これは、本来生体内で生産される物質ですから「異物質」とは異なります。そこで、「有機物質」の対極にあるものとして、「異物質」というよりも「化学的合成物質」というキーワードの方が適当ではないかと考えることができます。

 では、エビ養殖でよく問題になる抗生物質はどうでしょうか。抗生物質というのは、「種々の微生物種(細菌、真菌、放線菌)により生産され、他の微生物の発育を抑制し、究極的にそれらを破壊する化学物質」と定義されます。微生物が生産する化学物質というのがポイントで、フレミングが青カビからペニシリンを発見したのは有名な話です。ただ、最近では科学の進歩によって、微生物を介さずに抗菌力を持った薬剤を合成することが可能となり、こうした化合物では抗生物質の定義から外れるために、「抗菌剤」という呼び方をすることもあります。(「薬のメモ」(http://home.highway.ne.jp/geki/homepage/index.htm)。
 抗生物質は化学療法剤というものに含まれ、化学療法(chemotherapy)とは「化学物質を用いて病原となる寄生生物もしくは悪性腫瘍物を宿主の生体内で発育阻害・死滅させる治療法」です。他の化学療法剤として抗ガン剤があげられます。(「抗生物質の話」http://www.chem-station.com/yukitopics/antibiotics.htm
 抗生物質も本来は微生物が生産していた物質を、化学的に合成することができるようになり、人間が過剰に用いることにより、耐性菌の問題が生じ、その安易な使用が制限されるようになってきました。ここでも「化学合成」というキーワードがみられます。

 ここで、有機農業とはなんであろうかとみてみると、次のようなことを原則にしているようです。
 1.生態系の持つ物質循環機能を十分に生かした生産システムの実現を目指す。
 2.化学的に合成された肥料や農薬などを使用しない。
 3.遺伝子組換え技術により育成された品種の種子・種苗、収穫物などは使用しない。
 4.堆肥による土作りと適正な輪作などで、地力の維持、増進を図る。
 5.害虫は天敵などを利用して、生物的に防除し、雑草は手作業などにより物理的に防除する。

 遺伝子組換え技術は生物学的な技術ですが、やはりこれも「人工的に作られたもの」としての「化学合成された物質に準じるもの」とでもいえるもので、どうやら「有機」の対極にあるものは、「化学合成」といってもよさそうです。
 ということは、「有機」とは、「化学合成されたものではない物」、「地球の歴史の中で天然・自然に存在してきた物」といってもよさそうです。
 ただ、「有機」とは、もともと「生命機能がある物質」という意味ですから、「天然・自然に存在してきた生物を材料としたもので、化学合成されたものでないもの」といったほうが適切なようです。(2004.05.13)


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