クルマエビの産卵と幼生の発育


 写真は私がクェート科学研究所水産部門のエビプロジェクトに在籍していたころに撮影した“クマエビ、Penaeus semisulcatus”のものを用いました。また、解説は、恒星社厚生閣が出版している 「エビ・カニ類の増養殖、基礎科学と生産技術」のなかで橘高二郎先生が書いておられる“幼生飼育”の項を参考にしました。

 

●産卵と発生

 成熟したクルマエビの雌は3〜9月、黒潮の影響する沿岸で採捕される。この時期の雌を背側から透かしてみると、暗緑色を呈して幅広く拡がる卵巣の一部が見られる。漁獲物中の成熟雌を水槽に収容し、水温を約25℃に維持すると多くの場合その日の夜間に産卵する。雌はすでに外海で交尾をすませており、貯精嚢に精包を貯えている。放卵直後の卵はゼリー状物質に包まれ浮遊しているが、精包から放出された精子によって受精すると卵膜が形成され底に沈下する(卵径約0.2mm)。
 水温25〜28℃の場合、産卵後約30分で第一分裂が始まり、約13〜14時間で孵化して海水中に浮遊する。(写真は4分割卵)

●ノウプリウス期

 孵化直後の幼生はノウプリウスと呼ばれ、体長約0.3mm、単眼を具え、3対の頭部付属肢(第一,第二触角,大顎)が発達している。強い趨光性を示し付属肢で水を攪くようにヒラヒラと遊泳し、またそれを斜めにあげて静止する。
 ノウプリウス期の幼生は、拡大して見る姿はダニのようですが、肉眼でこの時期の泳ぎ方をみていると、チョウチョのようだと感じます。
 ノウプリウスは栄養を体内の卵黄に依存しており摂餌しないが、約36時間に6回脱皮してゾエア(プロトゾエアとも呼ばれる)に変態する。(写真はノウプリウス後期のもの)

●ゾエア期

 ゾエア(1令:体長約0.9mm)になると体は伸長して胸部に第1、2顎脚が備わり遊泳作用に加わるが、主な遊泳器官はノウプリウス期と同様に第1、2触角である。大顎は収縮して遊泳機能を失い咀嚼作用を営むようになり、新生した第1、2小顎とともに口器を形成する。ゾエアは珪藻類などの微小なプランクトンを摂餌する。
 ゾエアに変態したばかりの時には、かなり弱々しい泳ぎ方をしていますが、しばらくすると触角をセッセとこいで前進し盛んに糞を引いて泳ぎ、けなげな生命力を感じさせてくれます。ビーカーですくって肉眼で見ていると、戦闘機が飛行機雲を引いて空中戦をしているようにも見えます。
 ゾエア1令の眼は単眼であるが、2令以降において有柄可動の複眼となる。
 顕微鏡で見ると、はっきりとした大きな眼ができてきて、ケロケロケロッピのような顔付きでクルマエビの一生のなかで一番可愛い時期だと思います。
 3令では、第3顎脚が伸長し、尾肢が出現するとともに腹節が明瞭に認められるようになる。
 2令までは、その摂餌方法はろ過食性のようだが、この時期になると餌として与えているブラインシュリンプのノウプリウスやゴミのようなものをかかえていたりするので比較的大型のプランクトンも食べるようになるようだ。
 ゾエア期は1〜3令まで、水温が28℃前後では3〜4日で次ぎのミシス期に変態する。
 写真の赤丸の中のものが、3令で出現する尾肢で、2令と3令のゾエアを区別するのに役立つ。

●ミシス期

 ミシス(1令:体長約2.8mm)になると第1、2触角は遊泳機能を停止し、胸部に新生した第1〜5歩脚はそれぞれ外肢に多数の遊泳刺毛を備えて主要な遊泳器官となる。第1〜3顎脚は遊泳および摂餌の両作用を営んでいる。ミシスは頭胸部を下に倒立して活発に泳ぎ、動物プランクトンのような大きな餌を摂餌する。
 ミシス期の幼生をビーカーですくって肉眼で見ると、歩脚を盛んに動かし、時々ピン、ピーンと跳ねるように泳ぎ、ヘリコプターの編隊のようにも見えます。
 ミシス期も1〜3令まであり、水温が28℃前後で、3日でポストラーバに変態します。
 これから3枚の写真は、ミシス期の1〜3令の区別をするのに役立つ、腹部の遊泳肢の形成される過程の拡大写真です。赤丸の中を注目してください。
 1令では、まだ遊泳肢は見られません。
 2令では、芽のように遊泳肢が見えてきます。
 3令では、完全ではありませんがはっきりとした遊泳肢が見えるようになります。

●ポストラーバ

 ポストラーバになると5対の歩脚の外肢は脱落して遊泳作用を止め、かわりに腹部に新生した第1〜5遊泳肢を用いて水平的に遊泳する。クルマエビのポストラーバは毎日のように脱皮するが、数回脱皮すると水槽の壁や底に着き歩脚で匍匐し、10〜12回も脱皮すると成体に似て潜砂行動を示すようになる。
 肉眼による観察でも、ミシスの倒立した泳ぎから水平的な泳ぎにかわるので、変態した様子はわかりやすい。
 一般に、養殖種苗としては、ポストラーバに変態後15〜20日をへた体長が約1Cm程になったものを用いる。

「『果報は寝て待て』で大発見」種苗生産こぼれ話し
(酒向昇著、いさな書房刊、「えび学の人びと」より)

 藤永元作先生は、1953年、日本水産(株)と大洋漁業(株)の協力によって、千葉県大貫町に「日本くるまえび研究所」を設立して、小花一雄さん、末永松男さん、石田勲さんの協力でエビ養殖の研究を進めていた。
 当時の種苗生産は、屋内でろ過した清浄水を用い、室内を暗くし、黒塗りタンクで飼育しなければならぬという藤永理論によっていた。これに東大から運んだ珪藻のスケレトネマを、タンク培養しつつバケツ投与したものだったという。
 この方式で飼育すると、ゾエアからミシスへと進む過程での餌付けが不十分となり、へい死率が高く、ブラインシュリンプを投与する時にはほとんどの稚仔がいない状態のまま、ポストラーバは10%以下になっていたといわれる。
 ところが、小花所長が出張で留守の時の出来事。小花所長は、研究者というよりは職人気質の強いひとだったので、飼育管理に厳しく、連日にわたり休みはなく、夜も残業の連続で睡眠も十分にはとらしてもらえなかった。勿論、残業手当などはくれるはずもなく、20才たらずの末永さんと石田さんの若者にとっては、所長の出張はまたとない羽をのばすチャンスで、この時とばかり「どうせ死ぬものなら手をかける必要もなし---」と、屋外の白タンクに孵化したばかりのノウプリウスを入れたまま、何の管理もせず、その夜はのんびりと酒盛りをして朝までぐっすりと寝込んでしまった。
 翌朝、日が高く昇ってからタンクを覗いて驚いた。ゾエアに80〜90%はども変態しているではないか。このとき図らずも、餌付けの飼料は投与するものではなく、自然に繁殖させたもので飼育すること、さらに、屋内の暗いタンクではなく、屋外の大陽光のもとで十分に光を入れて飼育すべきものという、エビ種苗生産上の画期的な大発見となった。これを機に、稚エビ生産の基本的な考え方が次第に塗り換えられていくことになった。


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